魔の満月 ii – 2(エルドレは周囲を見回して……)

ひっそりと静寂が船を蔽う
唾液や汗のたてる音が徐々に明瞭になる
微かな呻きが聞こえだす
次第に甲高い吠え声になる
逞しい胸と胸とで 鋼のような腕と腕とで互いを抱きあい 虚しい寂寥の賜物というよりも 第一級の健康の証として男たちは肉を賞味しあう
ソドミイの幽霊
ことごとく青史を培った者の武勲の誉よ
ポルボイ・アポローンの愛でし美形の少年たちを可憐な花に転身させるローマンスとは異なり 巨大な股巾着を突き立てて天球を揺るがすような祝砲を打ち上げる
漿液は天の辺と海の辺とを結びつけ濛々たる黒雲を湧出させる
神々のごとき猫撫で声は洩らさない
太い咆哮を上げ永劫の苛役を強いられたシーシュポス同様に 神々を悪様に呪い エリニュスの庇護の下に涜神しようとする
嵐を擁する黒雲の奥で 船首に括られた雷霆のごとく劇しい閃光が発せられようとしている
エルドレは微睡まどろみながらラドルの闘いの日々を反芻する
あのロリエやオリーブの枝で編まれた勝利の栄冠を四度克ち得た日のことを
半歳の乾燥期の間を 白無垢の衣を纏い深い眠りに耽っていたボウの叢が ひときわ華麗に輝き 新たな生命の歓喜を呼び戻し うねうねと波打つ日に 聖地の若者は皆一斉にあの眉間の広場に群がる
競技会はオルリー公の腎水が新しく準備された勝利の冠に注がれるのを合図に開始される
ギムナシオンやパライストラで十箇月みっちり訓練された若者が一堂に会し 凝灰岩の切石で造られ渋い大摺鉢の偉観をもつ競技会で各々の技を競う
ヘルメスや名手ポリュデウケースの加護を受け少年のころから拳闘に素晴しい素質を顕したエルドレは 並み居るつわものを打ち倒し 四度目の覇を目前にして 溢れる野心に胸躍らせる
最後にして最大の呼び物 ついには王の後継者が決まるかも知れぬという期待を抱いて 聖地ラドルの老若男女は大理石で造られた観覧席から
固唾かたずを呑んで見守る