魔の満月 ii – 1(世界創造説コズモガニーの窈窕な……)

水中には甘海苔や袋海苔などの紅褐藻類が揺らめき ウミノトラウオやクロソゾが樹木のように黒い枝を強調し さながら大森林だ
岩に固着しとぐろ巻く白い大蛇貝や 岩蔭に貼りつく灰色の斑模様のある雲形海牛
エルドレはこの水路が入江の延長であることに思い当たる
するとあの洞窟は海に通じているのか
小舟は波食残丘の尖った岩に繋がれている
貪欲なニセスナホリムシや長い触角をぶら下げたフナムシが舳先からすばしっこく鎖を伝い岩礁に這い上がる
エルドレは舟に乗り込み金色の光の洩れる窟穴に向って漕ぎ始める
小舟はいま入海の水路を辷りエルドレを外海へ連れ出そうとしている
透明な水底には鮮紅色の鰓冠しかんを拡げる茨簪いばらかんざし沙蚕ごかいが戯れ その頭上を擬死した黒海鼠が白濁した粘液質のキュービェー管を排出したまま流れている
アナアオサの群体が柔らかな葉を拡げ岩盤の全体を緑の草原に化す
小舟は静かな波の下に棲む生物たちの上を音もなく辷り洞戸にさしかかる
成長した牝猿の尻のように 穴の上辺を境に水分を含んだ焦茶と乾いた赤い岩が露出する
満潮のときにこの通廊は海水で閉ざされるのだろうか
エルドレはひんやりした冷気をおぼえ 暗い穴の向うに明るい光と青い海が続いているのを知る
してみればシュプレーガデス あの打ち合さる岩のごとく ウェヌスの愛する鳩を捧げねばならぬのか
三日月湖でボート遊びを楽しむ恋人に帰還を命じる拡声器の声は オールドミスの預金通帳のように深刻である
ヒマヤラ杉の樹皮には亡霊の顔写真が貼られている
貸自転車で沼沢を一周する
乳房と尻の区別がつかない
森の彫刻館で炎の舌が水晶を舐める
少年たちは弁当を食う合間に薄暗い木蔭でキュロットから青白い性器を取り出し自慰に耽る
青春の青っちろさを犯すのは格別の快楽である