威風堂々たる船に向って両手を差し伸べ合図を送るが何の反応もない
エルドレは勇ましい船に向って小舟を進める
だが近くには大きな渦が巻いている
徐々に渦の力に呑まれてゆく
小舟はぎしぎし軋む
筋肉はいまにも千切れ心臓も破裂寸前である
小舟は落葉のように渦の周りを回り始める
エルドレは抵抗を止め 力を抜いて深呼吸する
大きな弧を描く間に力を蓄えるのだ
ほぼ一周して小舟の舳先がガレー船に向いたとき 思いきりよく躯を渦の外側に乗り出させ 渾身の力で素早く櫓を操る
すると小舟は渦の求心力の範囲からするする抜け出て もの凄い速度で目標へと直進するのである
禍いの渦巻は呪いの赤い泡を吐く
エルドレは小舟を舷側に漕ぎ寄せ大声で到着を告げる
叫びは海洋の静かな拍動の中に吸い取られる
いかなる返答もなく あの生命の動悸すらない
赤ん坊と三人の女が見当たれば紛れもなく幽霊船であろう
エルドレは甲板に上がり
艙口をあけて埃や黴の臭いのする船室にも首を突っ込む
この船は無人なのだろうか
船艙に降りると崩れかけた灰色の骨が散乱する
薄暗い船腹は棺桶のように不吉な空気が澱んでいる
おお千年の時間とともに朽ち果てた密室
上甲板の船橋の奥に船の全貌を見渡せる部屋がある
くすんだ玻璃窓が四方に繞らされ 中央に据えられた上等の黒檀製の文書机の上には古い羊皮紙に記された地図が展げられている
上方にコの字型の陸地があり下方に細長い島が横たわり それらに囲まれた海には無数の群島が描かれている
エルドレは東方の陸地の小さな入江から南方の細長い島の中央に向って朱線が画かれているのを見出す
始点は“ペルガ××”と読み取れる