魔の満月 i – 1(岩窟に刻まれた扉は……)

石の周囲を歩いてみると歩数にして十三の聖なる数を得ることができる
表面には無数の図形と目盛り それに記号が細密に刻まれている
離れて眺めると神々の造りたもうた生命の種々相が蔓草の絡まりのように綴られ まさしくあの百科全書の扉となっているのだ
この北極の位置にはピラミッド型の小さな突起がついていて 雪の積もっている側から這い上がって覗き込むと数行に分かれたアラビア文字を認めることができる
これこそ名高い最初のアストロラビウムであろうか
表面を蔽っている雪の膜を払いのけると耳をふたぐような大音響とともに突風が襲い 谷底の灼熱地獄へといざなおうとする
エルドレは“黄金なる永遠の液体激しくも迸り”という第一行を読み取る
これはあのアル・ファザーリ父子の父親の手によるカシータの詩行に相違ない
さらに素早く読み継いでゆく
“××に夢の只中徨いて”
“魔の声音なるか酔いどれの××……”
そのときこの巨大な天文器械は千二百年の静止を破ってぐらりと揺れる
鉱炉の熱と渦の吸引力が崖の際を侵蝕し始めているのだ
卵石はだが一メートルほど転がったに過ぎない
まだ一メートルの余裕が残されている
エルドレは反対側の底に潜り込み 持ち上がった一メートルの球面を調べる
その面には“星の知識の書”というキリスト教徒の作成したアラビア暦表とともに放物面鏡や円壔(トウ)鏡の図とが並べられていて 上方に“アルハーゼンの問題の単純化は世界の明解である”という命題が記されている
おおアルハーゼン
光学の父よ
眼球の発見者よ
なんというメールヒェン
匿されていた箇所は今なおぴかぴかに磨き上げられた平面である
エルドレは食糧袋のいちばん手前のポケットからネクトルの入った小壜を取り出し その中身を平面の細部にまで塗りつける
それからかじかんだ手で雪原に対して六十度 つまり謎の一メートル四方のぴかぴかの面に直角に対する穴を掘る
巨石はみるまに谷底の血の池と同じ色までに赤く膿んでゆく