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無から有が生み出される時

今日は、ダンスで振付をしたり、それを振り渡ししていました。

ダンサブルなシーンもあり、舞踏的なシーンもあり。

本当になにもない時間の数分の中に、音楽や動きが生み出されるのって

僕は好きです。

ダンスの話だけではなく、仕事でも、未来の時間の中に

ぼやっとした企画が生まれ、それがラフスケッチを持ち、

仕様詳細をもち、最後は現実化する。

形になる。そういうのは、僕は好きです。

色があったり、ラインがあったり、リズムがあったり。

仕事でも、物事の展開には、リズムがあります。

リズムがなければ、人は動きません。

テンポがよいから、理解しやすい。

でも、テンポが良すぎると、疑ってしまう。

仕事にも、色がある。色彩がある。局面局面において。

朝起きてから、寝るまでの時間にも、ラインが惹かれ、

色合いがあり、リズムがある。

だから、一日をどう過ごそうかという、デザインするのも

好きです。

奇抜な線を引こうとするわけではありません。

一本の線を引いて、「今日は小気味よい線を引けたかな、大胆な線を引けたかな」と

味わうだけです。

踊りの振付は、そういうことの凝縮です。

味合うと、とても豊潤です。でも、触ることすらできません。

消えてなくなるものです。

踊り終わった後の、舞台にはなにも残りません。

風のようです。

ピラミッドみたく何千年も、keepしている建造物も

宇宙の時間から見たら、ミジンコの屁みたいなものでしょうが

ダンスというものは、消えることを最初から想定されています。

でもね、最終的には、「いいんです」

「いい」と思う自分がいれば。きっと何事も。

だって、何事も、ミジンコの屁みたいなものですから。

(ミジンコさん、すいません。屁をするかどうかも、知りませんで書きました。)

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